EPISODEは、新潟市から飛び出し文化の島・佐渡へ。ここにはSDGsが叫ばれる前から、消費中心の暮らし方に疑問を持ち、自分らしいあり方を模索してきた女性がいます。その人は、小黒美津子さん。かつてにいがた総おどりの制作に携わっていたスタッフであり、地球環境に配慮したアクションの実践者です。
暮らしと世界と未来が一本線で繋がる危機感は、“遠くのすごい人”ではない“普通の人視点”だからこそ、教科書的な理解ではない自分ごととして響きます。
価値観が180度変わったモンゴルでの暮らし
以前にいがた総おどりを運営する事務局でお仕事をされていた小黒さん。その後ご結婚を機にご主人のお仕事で新潟県内各地を転々として、現在は佐渡で生活されていると伺いました。
小黒夫の転勤で新潟市、上越市、村上市と移住して、佐渡市に赴任になった際に、ここに定住しようと決めました。普段は野菜づくりや米作りをしたり、学校にお手伝いに行ったりするほか、自分の手で土に還るもので何かを作りたくて、竹で籠を編んだり竹細工を作ったりしています。他にもイベントのコーディネートや、そこでコーヒーをサーブしたり…色々しています。事務局にいたからこそ、子供たちに踊りを教えることもありますね。
自分の手で暮らしを作り、豊かにしていっているんですね。今の日本に暮らしていると、消費に意識が向きがちになりますが、どうしてそのような暮らし方に至ったんでしょうか?
小黒独身時代2年間、海外青年協力隊としてモンゴルに行って、現地の子供たちに日本の歌や踊りを教えたりする活動をしていた時期がありました。それまでは、日本の消費社会の価値観に何の疑問も持っていませんでしたが、モンゴルは時間の価値観も違えば、食べ物ももちろん違う。現地は自給自足の生活で、そんな暮らしが可能であるということは大きな発見でした。自分たちの手を使って足を使って体を使って生活をしていて、たくましいんです。周りには草原と大地が広がっていて、星空も無限大で、「なんて素晴らしいんだ!」と思って。そこで意識が180度変わったんです。
モンゴルでの経験が大きな転機になったんですね。
小黒同時に、遊牧民が携帯電話を持って馬に乗っている場面に遭遇しました。その光景を見た時に「やばい」と思って。このまま世界は便利なものを欲しがって、ものがどんどん増えていって、自然が壊されていく。そういう消費する循環の中にいることを感じて日本に帰ってきたんです。それが26歳のときです。
世界の人と繋がれる踊りをたくさんの人に伝える仕事に
そして、帰国して就職したのがにいがた総おどりの事務局だったと。
小黒日本に帰ってきて、友達が、子供が自分たちで衣食住のことを考えたり、7世代先のことをテーマにミュージカルを作ったりする、にいがた総おどりの「レインボーチルドレンプロジェクト」という取り組みを教えてくれたんです。
元々教師になりたかったくらい子供が好きで、面白そうだと思い事務局に入りました。踊りとはそれまで無縁の人生でしたが、モンゴルで歌と踊りは世界共通のもので、踊りができる=世界のいろんな人と繋がれるという気づきがあったことも大きかったですね。
事務局ではどんなお仕事をされていたんですか?
小黒私が踊り子初心者だったこともあったので、新しい人に踊りの魅力を伝えたいなと思い、親子教室や大人でも簡単に始められる市民チームを新たに立ち上げて、盛り上げていく取り組みをしていました。
総おどり体操やAMJなど色々なことが始まる時期で大変でしたが、初期の頃から事務局で働いているこのみちゃん(※)が柔らかく受け止めてくれる人だから、いろんな悩みも喋ったりしていました。当時彼女がいたから頑張れたと思いますし、今も時々一緒に遊んでいます。
思い出はいろいろありますが、入ったばかりの頃に、踊りを何も知らず、しゃべりが苦手だったのに「みっちゃん、公演のMCしてきて」って突然言われたんです。無茶振りです(笑)。必死で楽曲のことを勉強して何とか当日MCをやったら、お客さんに「よかったわよ」って褒められて。「なんでもやればできる!」という気持ちは、ここで学んだのかもしれません。
※このみちゃん…にいがた総おどり事務局スタッフ・総おどり体操インストラクター星野このみ
踊りに携わる活動はいかがでしたか?
小黒踊りには正解・不正解、100点とかがないから、本当に自分の表現の仕方でいい、「それでいいよ」と違いを認めやすいところが魅力です。小さい子とか大きい子とか、男の子とか女の子とか、勉強ができる・できないとかが関係ないものは、あまり他にないんじゃないかなと思います。それに踊りを一つ持っているだけで世界中の人と仲良くなれるんだよと言えるので、子供たちがそうなっていったらいいなと思って。それは私の目標とする世界平和の一歩ですね。
踊りの力、改めてすごいですね!
小黒言葉が通じなくても様々な人のことを考えられるようになれるからこそ、世界のことに目を向けて、世界のいろんな問題を知ってもらうきっかけになったらいいなという思いで取り組んでいました。
同時に、暮らし方には納得がいってはいなくて、「私の手は何のためにあるのかな」「ちゃんと自分の頭で色々考えてきたのかな」という葛藤があって。この手は全然何もできていないので、衣食住に関わるものを出来るだけ自分で作って、自然と共生して行く方法、それが自分の中では地球を守るための方法だと思っていたので、そういう生活がしたいとずっと考えていました。それが佐渡に定住を決めた背景もあるんです。
持続可能な社会へ、まずは隣の人を大切にすることから
地球に配慮した暮らし方は、近年世界中で意識が高まっていますね。小黒さんは、どのように捉えていますか?
小黒SDGsが世界中で叫ばれるようになって、持続可能性という言葉を意識して暮らす人が近年多くなってきていると感じています。
でも世界的に見れば日本は遅く、今が分岐点だと思っています。アメリカの方が買うこと、選ぶことに価値を置いていて、「安ければいい」よりも「この企業だから買う」など、一人一人の国民の価値観が変わってきています。日本は企業が頑張っていますが、人々の意識がまだまだ。子供たちのために働いていると親は言うけど、その働き方や消費の仕方、暮らしそのものが子供たちの未来を脅かしているということにイメージが繋がってないと感じています。
にいがた総おどりも、未来に目を向け、SDGsに関わる事業を今後展開していきます。
小黒それこそ本当に世界と繋がりやすい「踊り」が核にあるからこそ、一般の私たちが自分ごととして考えて、行動に移せるきっかけになったらいいですよね。もちろん簡単ではないと思いますが、クリーンエネルギーの取り組みなど、「この世の中が継続するためにやっていこう」と声をあげるインパクトはあるなと思います。
地球環境を考えて生活するというと、大変そうなイメージがあります。小黒さんはどのようなことを意識されていますか?
小黒私の目標や根本にあるものは、自分の隣の人をまず大事にするという考え方で。大事にするためには何をするか…その人が長く生きられるためにどういうご飯を作ればいいのかとか、そういう考え方を中心にこれからも生きていきたいですね。それでまた繋がっていけばいいかな。だから踊りもやりたいです、健康のためにも(笑)。
佐渡でまるごと理解できた、祭り、文化、自然、祈り
そうすると、佐渡の暮らしはかなり理想に近い形になっているのではありませんか?
小黒広い空と大地があることが、自分の中でフィットするなと感じていています。納得のいく生活スタイルに近づいているかなとは思いますが、まだまだ(笑)。
佐渡は豊かな自然はもちろん、能舞台がたくさんあったり、和太鼓集団・鼓童が活動拠点としていたりと、文化の島でもありますね。
小黒地域ごとに鬼太鼓(おんでこ)があって、家を門付け(かどづけ)していて(※)、そういった文化が強く残っていることは、割とすごいことだと感じています。そこでは地域の子供も大人も顔を合わせるわけで、多分そこからお祭りなどの文化が始まっていったんだなということが、佐渡に来てすごい実感できたんです。日常ではやっぱり感じられないことも、太鼓の音だけで繋がりがあるみたいな。五穀豊穣とか家庭の幸せを願うというのがお祭りで、それが踊りで、天と地があってこその踊り、自然があっての踊りというのも実感できたので、だから、総おどりは現代版のお祭りであり文化である気がしています。
※「門付け(かどづけ)」…地区の家一軒一軒を回り、玄関先で鬼太鼓を披露すること。縁起物とされ、門付けを受けた家の人はご祝儀を振る舞う。
佐渡に答えがあったというか…。
小黒そうそう、原点というか。特別なことをやってやろうじゃなくて、本当に生きる中での一部なんですね。それはやっぱり、自分、人間ではどうしようもないことを何か天や大地とかにお願いすることじゃないですか。だから「人間だけじゃないんだよ」ということも考えさせられますね。
“普通の人”だからこその力を信じて。子供達の未来を守りたい
確かにこの世の中は現代の人だけのものでもないし、もっと言えば人間のものだけではないわけですね。それでは持続可能な未来を作っていくために必要なものは、何だと思いますか?
小黒それは一人ひとり、自分の頭で何をすればいいかとか考えて欲しいです。時間がなかったり、忙しかったりで、考えていないと思うんです。みんなが想像して、考えることで、少しは希望になると思うし、考えなかったら終わるなって。あとはやっぱり一人じゃ無理でも、誰かと一緒になってできるアクションを始めてみることですね。
小黒さん自身、行動し、発信していますね。
小黒有名人ではない普通の人である私が実践することで、みんなも真似できそうだなと思ってもらえる視点を意識して発信しています。それこそ、佐渡だと散歩をしながら自然の変化を感じて「あ、こういうことが豊かなんだ」と感じてもらうことができることだし、やっていきたいことだし。佐渡に足を運んでもらってヒントを得て、帰った時もちょっと意識してもらえればいいかなと思っています。
諦めそうになることもあるけど、やっぱり子供が好きなので、子供の未来を守りたいという思いを軸に、これからも発信し、行動していきたいと思います。
PROFILE
小黒美津子 Mitsuko Oguro
1983年生まれ、新潟市出身。大学進学と同時に上京し、卒業後に海外青年協力隊としてモンゴルに派遣。帰国後、半年かけてモンゴルのことを伝えながら自転車で日本一周し、小学校講師などを経て、2012年7月から約2年間新潟総踊り祭実行委員会事務局スタッフとして活躍。結婚後は専業主婦として暮らす傍ら、イベントの企画や出店、布小物や竹製品の制作・販売、稲作・畑作など、「未来に後悔しない生き方」を大切に、心地よく暮らす取り組みを実践中。
EPISODE MOVIE
EDITOR'S NOTE取材後記 ライター:丸山智子
何度も「自分でいいんですか?」と確認した小黒さん。有名人でもない、“普通の人”の自分がインタビューされることに心配や不安があるようでした。でも、受け売りの言葉ではない、大袈裟でもない、実際に経験し、実践している彼女だからこその言葉は、聞けば聞くほど何よりも強いものでした。小黒さんにお話を伺えて本当によかった!
実はこの佐渡取材は、シケにあい新潟に戻る日程が丸一日後ろ倒しになってしまいました。でもそのおかげで、出航直前に自らのお客さんを送迎するために佐渡汽船に来ていた小黒さんと再会。スケジュールが狂い困っていた取材クルーでしたが、すごく嬉しくて、パッと心が晴れやかになりました。