今、新潟県内の企業や商業施設、バスの中、さらには東京のモスバーガーなど、各地に大胆な構図や繊細な描写、鮮やかな配色といった個性的なアートが展示されています。
その仕掛け人がまちごと美術館館長の肥田野正明さん。障がいがある人の描いた作品をレンタルすることで、しっかりと作者の収益につながる仕組みを作り、街に文化的な豊かさを創出しています。
経済とは異なるアートや踊りといった文化の力を実感し、持続可能な社会づくりに奔走する、これからの時代の「理想と現実」を一致させるフロントランナーです。
ビジネス×アート×福祉。等身大の疑問や感動をもとに事業を創造
肥田野さんはビルメンテナンスの会社経営から、「まちごと美術館」という障がい者アートのレンタル事業、さらには様々な街づくりのイベントづくりに参画するなど、活発なソーシャルビジネスを展開されています。その幅広いお仕事について、まず詳しく教えてください。
肥田野約30年前に起業して以来、ビルメンテナンスに関わる仕事をしています。ビルメンテナンスの代表的な仕事の一つというと清掃。清掃業は、実は障がい者の人たちが就職する業種のナンバー1なんですよ。その関係から今では障がい者の人たちが働ける場をつくる事業をしたり、障がいのある人が描いた絵をレンタルする事業をしたりしています。その活動から社会ゴトのつながりが出てきて、公民連携するような事業とかも増えてきたかな。最近は飲食も始めたりしつつ、徐々にソーシャルビジネスに業態転換してきていますね。
福祉とビジネス、そしてアートが重なり合って、成立しているところがすごくユニークですね。
肥田野大きなきっかけが障がいのある人が描いたアートを、3万円ぐらいで購入して「いい絵だなぁ」と思って会社の事務所に飾ったことでした。来る人みんなが「これすごいね、誰が描いたの?」と注目したんです。みんな関心あるんだと思い、「じゃあ事務所の中に飾っておくのはもったいない。街のいろいろなとこに飾ったら、みんな面白いんじゃないか」と。無理して障がい者と向き合うのではなく、こんな取り入れ方なら自分たちの日常の中に自然とフィットしてくのではないかなと思って始めたのが「まちごと美術館」。その名の通り、街なかにアートを飾って、そこを美術館にしてしまえという単純な発想です(笑)。
障がい者アートが新潟の街を彩る「まちごと美術館」
もう少し、まちごと美術館について詳しく教えてください。
肥田野障がいのある人が描いたアート作品を月3,000円でレンタルして、その中の500円が作者の収入になる構造です。スタートしてみると、すぐに駅のタペストリーに障がい者のアート使ってみたいとか、バス停に飾りたいとか要望が来て。街の機能として使われるようになったことは、お客さんの共感から提案があって発展していったので、「あ、こんな使い方あるんだ」と逆に勉強になりました。
アーティストの皆さんにとって、まちごと美術館の作品として世に出ることは、どのような影響がありますか?
肥田野社会の役に立っている自意識が生まれて、「また描こう」と創作意欲が湧く。障がいがある人たちはやっぱり閉ざされた生活があったから、それが開いてくることは面白く、やる意義があるかなと思っています 。
それまでは描いてもクローゼットにしまっていたのが、見てくれる人を思って描くようになったり、収入が入ることで暮らしにゆとりができたり…この間は人との関わりが苦手だった作家が小学校の総合学習の講師として呼ばれて、子供たちに「先生」と呼ばれていたんです(嬉しそうに笑う肥田野さん)。共生というか人との関わりや露出が生まれていることを確信しています。
変わらないことはリスク。アートが介在することで、「横のつながり」が生まれる
ソーシャルビジネスが広まりつつある一方で、なかなか今までのスタイルを変えることは容易ではありません。
肥田野以前であれば、課題解決やニーズへの対応は企業内で全部自己完結ができるものでした。でも今は多様なニーズや社会課題が生まれているので、自社で得意な部分は紐解けても、それだけでは不十分です。例えば行政やものづくりが得意な企業など、いろいろな分野・立場のプレイヤーが当事者意識を持って集まって、スパイラルアップしていく。そうすることで新たな価値が生まれていくところに、面白さや意義を感じます。経済価値も社会価値も同時に作る、つまり「共通価値」を作っている企業じゃなければ長続きしないよねという意識が広まっていると感じています。
多様なつながりが鍵になってきますね。
肥田野他者と繋がる際に、今までは会社など属性が重視される「縦のコミュニケーション」でした。だけどアートが介在すると、役所も会社名も関係ありません。この絵をその人が好きかどうか、趣味や関心事のところが「人とのつながり」「横のコミュニケーション」になるんです。「横のコミュニケーション」は、文化を起点とすることでより深くなる。実際、アートに関わることによって、教育や行政、地域など多様な人に会えるようになりました。
だから釣りバカ日誌の主人公・浜ちゃんは、釣り好きというコミュニケーションだけで会長とか社長とのつながりがあって何億もの仕事を取ってくる、あれこそ現代に必要な部分かな(笑)。
一同面白い!
肥田野さんの活動はSDGsも深い関わりがあります。SDGsに取り組む意義はどういったところにあると思いますか?
肥田野SDGsは、「リスクとチャンス」と語られることがあります。ずっと同じ“見積もりを出して価格競争”というアプローチそのものが、賞味期限が切れたものであることに気づかないことがもうリスクですよね。金額だけじゃない切り口が必要だと思ったんです。
変えたのは、ただ見積もりを出すのではなく、「こういうところに障がい者の人達に働いてもらいながら清掃やるのはどうでしょう?」という、コトの提案ですね。結果やることは同じでも、そのプロセスに価値が作れるか作れないかだと思います。
結果が同じでも、コト提案で変化は生まれますか?
肥田野多様な人たちと働けることで、従業員の人たちも障がいのある人たちの個性を認め、自分と違うから排除する考え方から一歩離れる、そういった価値が企業の中で生まれるのではないでしょうか。
ただ、全てを内部で組み立てようとしたり、義務だからやらなきゃダメとなるとみんな大変だと思うので。あ、清掃しているのが障がい者なんだみたいな。そういう日常の中になじむ部分の提案が必要になってくるのかな。
文化で心が繋がれる。フランス人も熱狂した総おどり
肥田野さんの場合はアート、私たちの場合踊りであったり、文化活動に感じられているSDGs・持続可能な開発目標における可能性について深く伺いたいです。
肥田野表層的に見えている価値は共通認識がとれるじゃないですか。でもアートとか踊りという文化は、表層的なことの下、見えない部分の価値だと思うんです。そういった価値は、やっぱり関わるほど噛み締めるほどいいものは分かってもらえる。数字で測れるものばかりだと、売り上げとか利益とかでしか関係を作れないので、人間関係はすごくギクシャクしますよね。それ以外の価値は経済で作れないと思うので、アートや踊りなど文化への関心が、人間性や人付き合いにつながってくるものだと思います。みんないろんな個性を持っているので、関わり合うことで今まで見たことがないもの生まれてくる。これまで総おどりを審査員として、また一観客として見てきましたが、本当にいろんな個性がありますよね。
総おどりとのエピソードがあったら、ぜひ教えてください。
肥田野私の義理の妹の旦那さんがフランス人で、親戚にフランス人が多いんです。フランスから大勢遊びに来たときに、総おどりのフィナーレに連れていったら、喜んで、喜んで、この熱量はなんだと。この人たちはどこから来たんだと、興奮していました。
結局、滞在中に彼らが一番すごいと話題にしたのが総おどり。やっぱり自分の周りが熱狂すると、相当すごいんだなって改めて思いますね(笑)。そういう風にファンが生まれることでまた自分の関わりが深くなって、誇れるものになってくる。もうそんな風になってきているかなと思います。
総おどりも「横のコミュニケーション」が豊かで、他では見られない完全にオンリーワンのものになっていますよね。
確かにチーム内、チーム同士、さらには踊り子、観客、スタッフ、応援してくれる方々…色々な“仕事”ではない横のつながりがたくさんありますね。
肥田野祭り当日に何々大学とか来ました、何県から来ましたとか、すごいなといつも思います。文化というエッセンスがなかったら、この人たちの共感はここに集まったのかなと思うと、無理ですよね。もう交通費から旅費から出すから来てくださいという話じゃなくて、その人たちがやっぱり自分たちの表現する場として求めてくるわけなので、この価値は本当にもう新潟以外ではできないじゃないかな、総おどり以外できないのではないかなと思います。
持続可能で共生な街づくりを目指して、カテゴリーの壁を超えていく
これから肥田野さんが取り組んでいきたいと思っていることを伺いたいです。
肥田野最近「SIP」というプロジェクトを立ち上げました。SがSustainable(持続可能な)、IがInclusive Design(孤立、排除しないデザイン)、そしてProject。「持続可能で、共生な街づくりしよう」という意味です。そこから派生するものは、教育、働き方改革、スポーツ、芸術文化、観光…全部もう入っている(笑)。持続可能で共生というテーマのものだったら、もう何でもやっていこうよというスタイルですね。
能登総合プロデューサー是非、我々も賛同したいです。
肥田野まず、これが一つはスポーツ公園のところで…。
能登総合プロデューサーそれ、前に偶然サウナで会った時に話していた時の企画ですか?
肥田野そうそう。ただでさえサウナで暑いのに熱く語ったよね、サウナ出てお風呂入ってからもまた「さっきの続きだけど」って。あの時は、もう身体が暑いかなんてもう忘れていたね(笑)。
文化やSDGs、ソーシャルビジネスのお話は、いつでもどこでも止まりませんね(笑)。
肥田野東京オリンピックのキーワードの中には「共生」という言葉もあって、公園にユニバーサルデザインを施す=公共の中でアートが機能するなど、文化はコミュニケーションの手法として求められています。総おどりを考えた時に、やっぱりダンスとか踊りとか好きな人っていっぱいいると思うんですよね。そういう人たちが言葉はちょっと難しかったとしても、身振り手振りとか、一緒に楽しめる。そういうものが新潟の日常にあるね!みたいな。言葉は交わしていなくても踊っているねみたいな、そんな風になるといいなと思います。
PROFILE
肥田野正明 Masaaki Hitano
まちごと美術館 館長
新潟市に拠点を置き、ビルメンテナンスを中心とした事業を展開。1992年 バウハウスを創立(1996年に株式会社化)し、2011年に日本アスモフ株式会社設立。ソフトバンクショートタイムワークアライアンス事業連携を行っている。2017年リコージャパンとまちごと美術館事業連携開始。文化庁beyond2020事業認定されており、2019年にはモスフードサービスと東京で事業連携「東京MOSごと美術館」開催。
新潟市南商工振興会副会長 NPO法人にいがたエキナン会副理事長 共生社会実現プロジェクト「ともにエントランス」実行委員長 ミズベリング研究会など、 新潟を中心とした様々な地域活動に参加。人・まち・社会を繋げる社会事業を数多く手掛けている
【受賞歴】
・2012年 日本商工会議所青年部ビジネスプランコンテスト入賞
・2016年 大光銀行地方創生ビジネスプランコンテスト2016 大賞
・2017年 新潟県異業種交流センター第15回NIKS経営賞大賞
・2019年 日本商工会議所青年部ビジネスプランコンテスト大賞 ほか
EPISODE MOVIE
EDITOR'S NOTE取材後記 ライター:丸山智子
「少し意地悪な質問ですが…」と前置きをして「アートをはじめとした文化活動は必要ですか?」と問いかけさせていただいた際、「必要だと思います」と即答したスピードは、どの回答よりも早かったです。
今回、「描き方が斬新で、インパクトが大きすぎた」と肥田野さんが初めて購入した作品と、馬頭観音をモチーフにした作品の二点をお持ちいただきました。ガツンと心を、目を、背けられなくなる力強さは、圧倒的でした。新潟の街を歩いていると、あちこちでひょっこりと出会えるまちごと美術館。またどこでどんな作品と遭遇できるか楽しみです。